歴史マニアのための魏晋南北朝史~歴史の真髄〜中国史・日本史全般拡大中

三国時代から西晋、八王の乱、永嘉の乱、そして東晋と五胡の時代へ。

桓温

東晋北伐⑭356年桓温の第二次北伐 洛陽侵攻 、桓温のねらい

354年の桓温第一次北伐から356年桓温第二次北伐までの 中華情勢に言及して、桓温の軍事上の狙いを考えたい。 ●前燕の鮮卑慕容部が勢力を大きく伸張させる。 ●桓温ができるのは寡兵による電撃戦、その効果的な目標はどこか。 ●洛陽を狙う、姚襄と桓温 ● 裏切…

東晋北伐⑬桓温が第二次北伐で洛陽を狙うまでのやりくりについて。

東晋政府の全面協力を得られない桓温は電撃戦で洛陽を狙う。 結論はこれだ。 しかし、そこに至るまで、桓温は東晋内で、 準備を始める。それは調整力・政治力が問われるものであった。 桓温は第二次北伐へ備え、動く。 東晋政府とのやりくり、調整力と軍事戦…

東晋北伐⑫長安を陥せなかったが帰還した桓温は英雄となる。

●長安攻略失敗で失意の桓温、実は41年振りの快挙であった。 ●司馬昱首班の東晋朝廷も桓温を賞賛せざるを得ない。 ●衆望を背景に、桓温は動員兵力の増加を狙う。 ・課題1 僑籍 ・課題2 貴族の大土地所有 ●民衆と桓温 対 貴族名族 という構図ができる。 ●長安…

東晋北伐⑪長安包囲 桓温第一次北伐は電撃戦

●北伐とは、非常に割りの合わない事業。 ●桓温得意の電撃戦。 ●司馬勲という異形の存在が秦嶺山脈越え。 ・司馬勲とは ●桓温自身は武関経由で関中へ侵入。 ●英雄桓温の誕生は、桓温の真摯さか、狡猾さか。 桓温の第一次北伐 桓温の北伐は上奏の結果、政権首…

東晋北伐⑩桓温の第一次北伐前夜

桓温の第一次北伐前夜。 ようやく北伐の命が桓温に下される。 機を逸したのは東晋の保守的な事情であり、 桓温が長安を攻めたのも東晋の内部事情が原因である。 ●桓温に北伐のお鉢が回ってきた背景: ●桓温、北伐の狙いは長安。 ・桓温権限のみで速やかに狙…

五胡十六国時代の第2フェーズは「三国時代」。

殷浩が姚襄に裏切られ、 北伐は失敗。 殷浩は姚襄を暗殺しようとしていたのだから当然であった。 桓温の、殷浩に対する左遷要請に、建康政府(つまり司馬昱)は折れ、 殷浩を放逐する。 こうして桓温にお鉢が回ってくる。 ここで352年の殷浩北伐失敗から370…

司馬昱は桓温の協力者である。

344年の庾冰の皇帝後継推挙。司馬昱。 371年の桓温の皇帝推戴。司馬昱。 ●作られたヒーロー、桓温 ●桓温を何充が重責に充てる。 ●司馬昱は庾氏勢力が支持をした。 これらをつなげる要素、 それは、 桓温は庾氏勢力の後継者であること、 である。 ●作られたヒ…

東晋北伐⑦ 桓温成漢制圧と同時期に司馬昱政権が成立。

桓温は 347年までに成漢の制圧を完了させた。 そのまま桓温北伐かと言えば、そうことは単純ではない。 ●成漢征伐と北伐の位置付けの違い。 ●北伐は桓温の権限では独断できない。 ●司馬昱(シバイク)の台頭 ●清談の士を重んじる西晋・東晋は殷浩を登用。 最…

成漢 桓温討伐前夜

桓温は346年に蜀にある成漢を攻撃。 翌347年には蜀から漢中までを制圧するという大殊勲を挙げる。 ●成漢 実は成国と漢国である。 ●成国の崩壊と、漢国の建国 ●漢を名乗るこの蜀の国は、東晋と完全に相入れなくなった。 当時成漢は混乱をしていた。 ●成漢 実…

東晋北伐⑥ 北伐派と反北伐派

東晋における北伐派と反北伐派について。 ●東晋において何故北伐派、反北伐派という視点がないのか。 ●中華王朝たる東晋にとって北伐は当然 ●事実上の皇帝代理司馬昱 ●司馬昱と桓温が活躍する時期はほぼ同じ。 ●桓温と司馬昱は北伐派。 東晋には実は北伐派と…

東晋北伐⑤ 桓温の成漢討伐

建国以来30年近く停滞している東晋。 この鬱屈とした東晋に 光明をもたらしたのが桓温である。 ●桓温が西府軍を預けられた理由 ●桓温、345年荊州に出鎮。西府軍の掌握。 ●345年の東晋の対外情勢 ●成漢 実は成国と漢国である。 ●桓温の成漢討伐 〈桓温の電撃…

東晋北伐④ 庾冰・庾翼の死後、桓温が庾氏勢力の後継者。

●とにかく幼帝を嫌がった庾冰・庾翼: 〈康帝の危篤〉 ●庾冰・庾翼ら庾氏の悲願、北伐。 〈血統を変えてでも成年皇帝にこだわった庾冰・庾翼〉 ●作られたヒーロー、桓温が更に躍進する。 ●桓温を何充が重責に充てる。 ●何充、潁川庾氏と瑯琊王氏の両氏と姻戚…

桓温擁護論=嘘だらけの西晋・東晋の歴史=

岳飛を超える桓温。 これが、 桓温の実態、その結論である。 南宋の英雄、岳飛を超える実績を持つ桓温、 虚構に満ちた西晋・東晋の歴史をなぞることで、 この結論を明確にしたい。 ●嘘だらけの西晋・東晋史 〈恵帝毒殺犯の嘘〉 〈司馬越、石勒討伐の嘘〉 〈…

桓温死に臨み、末弟桓沖に後を託す理由。

桓温はその死にあたり、 実の子ではなく、 年齢の近い弟でもなく、 末弟の桓沖に後を継がせた。 ●一歳の時から桓温が面倒を見てきた弟・桓沖 ●なぜ桓沖が譙国桓氏の後継者か。 ●譙国桓氏のソフトランディングを桓温に任された桓沖 ●桓沖は桓温死後の最高権力…

桓温が老年の会稽王司馬昱を皇帝にする理由

●最高権力者が傀儡を目的にして、51歳の皇帝を擁立することはない。 ●司馬昱を皇帝に擁立した桓温の目的は北伐を遂行だ。 ・司馬氏宗族のトップ、司馬晞の排除。 ・桓温への反発から反北伐派へ転向した、庾希 ●皇帝司馬昱の早すぎる死、落胆した桓温も後を追…

桓温の時代 345年〜373年

桓温を引き立てたのは、 庾亮である。 ●桓温の出世 庾亮の思惑 ●庾亮が決めた桓温への公主降嫁。 ●絶望的な状況だった東晋と庾亮 ●蘇峻の乱以後の沈静化した時代から、桓温の時代へ。 ●桓温の功績を時系列に語る。 ・桓温、荊州は西府軍の掌握。 ・桓温、蜀…

桓温は意図的に父の仇討ちで名を挙げる。

345年に桓温が西府軍を掌握してから、 桓温が死ぬ373年までは、桓温の時代である。 ●東晋の救世主、桓温。 ●桓温の出自 ●桓温が名を挙げた、父の仇討ち ●蘇峻の乱で死んだ父桓彝 世に出るきっかけは、父の仇討ちである。 ●東晋の救世主、桓温。 桓温は東晋の…

「作られたヒーロー」桓温の登場=各勢力の実力者が世を去り、桓温にお鉢が回ってくる。=

桓温の登場は345年である。それまでに、 各勢力の実力者が死んだことで、桓温にお鉢が回ってきた。 ●次々と各領袖が世を去って行く。 ●334年、西府軍の祖陶侃の死。 ●庾亮の北伐計画、未然に石虎に潰される。 ●王導、郗鑒は339年、庾亮は340年に死去。 ●桓温…

東晋の歴史概観=五つの勢力が相争う内乱の歴史

東晋の歴史は内乱の歴史である。 下記五つの勢力が相争う。 皇帝宗族外戚(北)北来貴族(北)北府軍(北)江南土着勢力(南)西府軍(南) ※()内は由来。北は華北から逃げて来た勢力の集まり。 南は土着勢力。 ●318年東晋成立 五陣営の権力争い ●西府軍総…