歴史マニアのための魏晋南北朝史~歴史の真髄〜中国史・日本史全般拡大中

三国時代から西晋、八王の乱、永嘉の乱、そして東晋と五胡の時代へ。

石虎

姚弋仲は石虎死後も後趙に義理立てする。

●結果的に対外的には落ち着いていた後趙石虎時代 ●異民族の癖、後継者争いは清の雍正帝まで続く。 ●石虎死去前後の後継者争い ●処刑した廃太子石宣残党の反乱 ●姚弋仲に助けを求める石虎 ●石虎一族の相克により冉閔が台頭する。 ●姚弋仲は石虎の子擁して冉閔…

石虎と馬の合う姚弋仲、後趙で異民族トップとなる。

●328年の洛陽決戦、その後の石虎の涼州進駐で姚弋仲と出会う。 ●石勒との洛陽決戦で劉曜敗死、石虎の前趙進駐。 ●石勒の死後、簒奪した石虎は姚弋仲の諫言を受ける。 ●羌族姚氏の河北清河郡への徙民 ・氐族は枋頭 ●簒奪した石虎を救った姚弋仲は異民族トップ…

東晋北伐⑧ 349年石虎死去と褚裒北伐

●石虎の死去が中華のパワーバランスを崩壊させる。 ●冉閔の暴走 ●東晋褚裒(チョホウ)の北伐は中途半端 ●石虎の死去が中華のパワーバランスを崩壊させる。 349年後趙皇帝石虎死去。 事実上の簒奪ではあっても、 石勒死後16年後趙の領土を保った巨星がついに…

冉閔、理由ある暴走

349年病で焦り、 最晩年に石虎は皇帝につく。 しかし数か月で同年石虎は崩御する。 ●石世←石遵、石遵←石鑑、石鑑←石閔がそれぞれ殺害。 ●漢族を裏切った石閔、今度は後趙石氏に裏切られる。 ●石閔、冉閔へと改名、魏を建国。そして異民族の大量虐殺。 ●冉閔…

石虎の治世=慕容皝、庾氏三兄弟との戦い=

333年の石勒の死後、 4年かけて石虎は石勒を継承した。 ●時間をかけて石勒を継承した石虎、外征へ出る。 ●石虎、慕容皝と仲違い ●東晋庾亮に北伐の動きあり、機先を制す。 ●外征は上手くいかなかった石虎時代。その代わり平穏であった。 荒々しい猛将のイメ…

石虎、王莽型の皇位継承で、石勒を継ぐ。

石勒の晩年、力を抑えられた石虎。 石勒の死後、すぐに自身が石勒を後継すべく動く。 ●魏王・丞相・九錫の石虎が禅譲を受けないその意味: ●曹丕型ではなく、王莽型の禅譲を企図する石虎: ●「異民族は皇帝になれない」説 ●周公旦の「輔弼」伝説 333年8月後…

石虎の輝かしい功績と不遇

●石勒の、石虎に対する高い信頼 ●石虎の主要な戦歴一覧: ●皇帝の受ける天命は直接の血の繋がりがないと継承できない。 ●石虎は一族ではあるが皇帝位を継げない。 ●中華皇帝、その厳しい条件 ●石虎、鄴を没収される。 石勒と石虎の間には、 ただ一族というだ…

石虎は石勒にとって、実の息子のようなもの。

英傑につきものの後継者問題。 石勒自身、高い能力を持っていたので、 その死後権力バランスが崩れる可能性は非常に高かった。 石勒がいなくなると、 たった一人の人物が突出してしまうのである。 ●石勒は晩年に中華統一必勝パターンを作り上げた: ●石勒の…