歴史マニアのための魏晋南北朝史~歴史の真髄〜中国史・日本史全般拡大中

三国時代から西晋、八王の乱、永嘉の乱、そして東晋と五胡の時代へ。

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「桓温イコール曹操」批判論のために土断法を実施しても動けない。

土断しても動けない桓温。

桓温の権勢に対して、桓温を簒奪者曹操になぞらえて批判し、

足を引っ張る。

 

 

対して自由に動ける慕容恪。

慕容恪が死んで、ようやく桓温は念願の北伐を推進する。

 

●東晋は洛陽落城寸前にようやく土断法実施。

 

364年3月初め桓温は庚戌土断(こうじゅつ)を断行。

364年が庚戌(こうじゅつ)の年だったため、

桓温が364年に行った大規模な土断法実施を庚戌土断と呼ぶ。

 

まさにこの土断法実施時に、

前燕の慕容恪が洛陽を攻め立てていることが重要。

364年3月中に、洛陽は慕容恪の手に落ちる。

 

つまり、前燕慕容恪によって落城寸前の洛陽という危機的状況があって、

ようやく桓温は土断を実行できるのである。

 

●土断しても動けない桓温と自由に領土を拡大する慕容恪

 

 

356年に桓温が洛陽を陥落させてから、

東晋内の政治的調整に腐心してきた。

 

しかしながら、

8年経っても、東晋内はまとまりに欠けていた。

 

その間、慕容恪の攻勢は続き、

360年までには、河南エリアを奪われた。

同年、前燕皇帝慕容儁の崩御があったが、

慕容恪は周公旦の故事にならい摂政として前燕の軍事行動を継続。

(異民族は度々周を模範とするが、この慕容恪が周公旦の故事を活用したのが、

そのはじめである。Ex:宇文泰・則天武后など)

慕容恪は手堅く前燕をまとめつつ、

364年に満を持して

洛陽に手を掛けたのである。

 

逆に東晋は361年に穆帝が19歳の若さで崩御。

喪に服さざるを得ず、大規模な動きは取れない。

三年の喪が明けない限り、動けなくなる。哀帝が後を継ぐ。

 

こうして、東晋がモタモタしている間に、

桓温が回復した黄河以南の地はことごとく、

慕容恪に奪われたのである。

 

その最終フェーズ、洛陽陥落寸前にようやく

東晋では土断法が実行される。

東晋の危機感のなさを如実に示している。

 

洛陽が奪われるという段階にならないと、

土断法は実行できなかったのだ。

 

桓温の政治調整は難航したが、

ようやく土断を実現したことにより、

桓温の威勢は高まる。

 

ここで、勇躍北伐実行かと思いきや、

国内からまだ桓温は足を引っ張られることになる。


●習鑿歯(しゅうさくし)による漢晋春秋が桓温批判

 

漢晋春秋は、

陳寿の正史三国志と異なり、

蜀漢を正統としている。(陳寿正史三国志は魏を正統。)

 

ややこしい事情に変えたのは、
この漢晋春秋の目的が桓温批判のためである。

 

曹操の魏を僭主とし、

東晋の祖司馬懿はやむなく仕えたとしている。

 

263年に蜀漢は滅びるが、

司馬懿の子・司馬昭が滅ぼしたことにより、

蜀漢が持っていた正統(これを天命と呼ぶ)は司馬昭が継ぐ。

265年に司馬昭が死去すると、

司馬炎が天命を継ぐ。

 

このように晋は漢を継ぎ、その正統性は揺るがないと、

習鑿歯の漢晋春秋は主張する。

 

晋は漢を継ぎ、曹操の建てた魏を否定するのがこの目的である。

 

少し込み入った事情が背景にあるが、

そもそも曹操という人物は、

永遠に漢の皇帝が続くのか、

それとも易姓革命という大義名分のもと、禅譲は成り立つのか

という思想対立に終止符を打った人物である。

 

中国史全体において、非常に重要な人物であるが、

これは政権転覆を許すか許さないかに関わってくる問題である。

非常にデリケートな問題のため、

曹操が中国史上成し遂げてしまったこの事実は、

隠されてきた。

 

曹操は、漢を周公旦のように輔弼し最終的には権力を返還するという路線を否定し、

禅譲への道を開いた。

 

こうして、漢の血統劉氏が皇帝となるという400年に渡る伝統が崩壊した。

曹操により、実力次第で皇帝になる、王朝を創れるという

先例が作られた。

 

しかし、東晋はこの曹操が作った実力主義の先例を認めないとしているのである。

東晋は漢を継ぐものである。

元々あった漢の血統のみが皇帝となる、という伝統を東晋は継ぐのだと

漢晋春秋で言いたいのである。

 


この点が暗に、権勢を持つ桓温を批判するものなのである。

 

桓温は曹操になぞらえるほどの最高権力者となった。

それは、東晋皇帝を脅かすほどのものである。

 

桓温を指差して、あれは曹操だ、

東晋は漢を継ぎ永遠に皇帝であるのに、

曹操のように皇帝位を簒奪しようとしていると、

曹操を持ち出して、桓温の権勢を批判しているのである。

 

現代中国でもそうだが、

時の権力者をストレートに批判することはまずない。

 

歴史上の人物などになぞらえて、

暗に批判するというのが普通である。

 

この漢晋春秋の桓温批判はその走りである。

 

この場合は、

桓温は、曹操になぞらえている。

 

桓温は軍事上の高い功績を持ち、

最高権力者である。

幼帝を輔佐し、天下統一を狙う。

まさに曹操と同じである。

 

漢晋春秋はこの曹操をそもそも否定する。

これはすなわち桓温否定となるのである。

 

 

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・東晋以降、評価されなくなる曹操。

 

なお、

この漢晋春秋から、曹操という偉人は、

評価をされて無くなっていく。

 

時の中華王朝は曹操のように実力主義で、

のし上がるのに、皇帝になったら曹操のような存在は困るのである。

それはつまり時の中華王朝を建てた自分自身のことであるが、

もう二度と自分自身のような存在は出て欲しくない、

自分の子孫に永遠に皇位を伝えたい。

 

だから曹操は評価されなくなる。

 

そのわかりやすい事例が、三国志演義だ。

あれは明代に成立。蜀漢を正統とし、

忠臣達が活躍するフィクションである。

 

 

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●貴族名族が桓温の足を引っ張る。


では、誰が桓温を批判したかったか。

 

それは、貴族名族である。

 

桓温は彼らと土断を巡って対立していた。

 

そもそも習鑿歯という人物の存在自体、疑義がある。

 

彼は本来存在していた人物なのかと。

 

誰かが、この習鑿歯という人物に仮託して、

漢晋春秋を著した可能性すらも否定できないのである。

 

 

洛陽を奪われても、桓温は貴族名族に足を引っ張られる。

東晋内は内部抗争に明け暮れる状況。

 

 

歴史上ではあまり見えないエピソードだが、

こうして桓温は356年の洛陽陥落から10年以上足止めを喰ったのである。

 

哀帝が365年に崩御。

またもや喪に服すために動けなくなる。

 

こうした中、漢晋春秋などで桓温は東晋内で批判にさらされる。

 


●慕容恪急死で桓温が動く。

 

東晋は、

前燕の名将で執政の慕容恪に恐れをなしていた部分もあった。

 

東晋は長江の南に引き籠るしかなかったのである。

 

この情勢が変わったのが、

慕容恪の死である。

 

367年に俄かに慕容恪は死去した。

生年が不明瞭なため年齢が分からないが、

40代の後半だったと思われる。

 

つまり、

慕容恪本人およびその周辺にとっても、

急な、予想しない死であった。

 

皇帝慕容暐は17歳とまだ幼く、

慕容恪のポジションは慕容恪の次位の慕容評が継いだ。

 

しかしながら、慕容評は宗族のトップで、

執政の資格はありながらも、

慕容恪ほどの実力がない。

●慕容評

 

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武官としての力はありながらも、

前燕を取りまとめるほどの政治力がなかった。

 

こうして、

前燕は俄かに動揺する。

 

 

一方、東晋はチャンスである。

 

淮北の地の大半を奪われたとはいえ、

建康から刊溝に入り、

淮陰、下邳、彭城へ至る水路は東晋の支配下として残っている。

 

桓温の戦略的持ち味はとにかく、電撃戦である。

何度も繰り返すが、桓温は電撃戦が得意なのである。

 

逆にこれができないと、

戦力差や桓温自身の能力の限界もあるのか、

軍事行動は難しいのである。

 

結論、この水路を辿り、

前燕の本拠地鄴のある黄河以北へ早々に雪崩れ込むこと、

これが実現し、動揺している前燕を更に揺さぶれば、

成漢制圧や洛陽陥落のような快挙の可能性もある。

 

桓温はこうして念願の河北北伐に着手するのである。

 

●参考図書:

 

中国歴史地図集 (1955年) (現代国民基本知識叢書〈第3輯〉)

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