歴史マニアのための魏晋南北朝史~歴史の真髄〜中国史・日本史全般拡大中

三国時代から西晋、八王の乱、永嘉の乱、そして東晋と五胡の時代へ。

桓温を模倣する劉裕 東晋末期④

東晋の輿論を得ていた桓温。

その威光を背景に桓温の子、桓玄は皇位を簒奪。

 

しかしその性急なやり方は反発を買い、

劉裕に足をすくわれる。

 

 

劉裕は、東晋を唯一掌握し得た、桓温のやり方を模倣して、

政権を掌握していく。

 

●軍を賤む貴族名族

 

 

さて劉裕は、

下級軍人の出身である。

 

元は貧農であり、

たたき上げの軍人である。

 

北府軍の総帥劉牢之を支える優秀な幕僚として活躍した。

 

劉牢之は桓玄の司馬道子打倒の際に

協力をしている。

 

北府軍は文民統制のような形で、

貴族名族の指揮下に置かれるが、

元々は

北来の流民が由来だ。

 

桓温全盛期には、

北府軍は指揮権含めて桓温に委ねており、

桓温陣営と密接な関係がある。

 

これも当然である。

 

なぜなら、

貴族名族たちは、

軍を蔑視するからである。

 

文尊武卑で、

軍事を賤む。

 

自分たちでは戦わないくせに威張り散らすのだ。

 

北府軍の劉牢之が桓玄に協力するのは

当然と言える。

 

しかし、劉牢之にとって困ったことに、

桓玄は早々と禅譲をしてしまった。

 

輿論としては、簒奪と見られかねない事態だ。

 

劉牢之はその片棒を担いだこととなり、

肩身が狭い。

 

さらに桓玄はトップダウン型の皇帝を志向しており、

劉牢之自身良い思いができなかった。

 

焦る劉牢之。

 

●貴族名族と劉裕はwin-winの関係

 

一方、桓玄の事実上の簒奪に対して、

貴族名族たちが巻き返しを図る。

 

彼らには大した武力はないが、

実際の東晋を運営しているという自負がある。

 

誰か彼らの意向を受けて、

軍事行動を起こしてくれる人物を探した。

 

それが劉裕であった。

彼劉裕はたたき上げの軍人であり、

勇敢、有能である。

かつ北府軍の幹部にまで成り上がる野心家である。

そんな劉裕に足りないものは、

権威だった。

東晋のような貴族名族社会において、

叩き上げの貧民がさらに成り上がるためには、

貴族たちの支援が必要であった。

 

貴族名族たちが陣営に引き込むには

このように十分な条件を持っていた。

 

 

 

貴族名族たちの口説きが成功して、

劉裕がクーデターに動く。

 

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劉牢之を殺し、北府軍を掌握。

それを持って、簒奪した皇帝桓玄を殺害。

 

劉裕は見事東晋を復興させる。

 

・有職故実に詳しい貴族名族の支援を受けた劉裕は禅譲への道を慎重に歩む。

 

劉裕は貴族名族のバックアップを受け、

最高権力者となった。

 

貴族名族たちの後援無くしては劉裕は成り立たないので、

表の最高権力者である。

 

劉裕は桓玄よりも学はなかったが、

彼は桓玄の轍を踏まなかった。

儒教や歴史、典礼に詳しい貴族名族たちの

助言もあったのだろう。

 

16年かけて、

じっくりと禅譲への道を歩む。

 

●劉裕、桓温と同じことをして輿論の支持を得る。

 

北伐。

後秦の攻略。
412、413年土断。

桓温と同じく、

北伐と土断をして劉裕は桓温と同じように

輿論の支持を得る。

劉裕は桓温の後継者となったのだ。

桓玄がすればよかったことを劉裕がしただけであった。

 

しかし、その中身は、

特に土断は、

劉裕支援の貴族名族の力は弱めることは当然せず、

保全したものであった。

 

これは事実上の、

反劉裕、反貴族名族勢力の粛清であった。

 

●参考図書:

 

魏晋南北朝 (講談社学術文庫)

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中華の崩壊と拡大(魏晋南北朝)

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