謝安6つの批判の最終稿である。
謝安賞賛=桓温批判が、
結論だ。
後世の貴族名族たちは、
自分たちを圧迫して、英雄となった桓温がとにかく許せないのである。
●⑥に関する引用文
「中華の歴史05 中華の崩壊と拡大」p129ー130にかけての文章を引用をする。
丸数字ごとに反論の余地がある。
※下記の文章が悪いというのではなく、
これが謝安に対する歴史的な定評である。
論調は王道であることは強調したい。
※丸数字は引用者の追記である。
(引用文始め)
「⑥
そのため、
桓温亡き後の荊州の軍権は桓温の一族の桓轄や桓沖に委ね、
朝廷と西府との争いが内乱に発展し、
いたずらに東晋の弱体化を招くことを慎重に避けるという
老練な対応を示した。」(引用文終了)
上記の文章の主語は謝安である。主語が抜けているが、
前後の文脈からしてそうである。
謝安が桓沖らとうまく妥協したということになっている。
それは間違いである。
●⑥の反論〜桓沖側からの積極的な撤退〜
桓沖ら西府軍との間で内乱を起こすのを避けたとある。
謝安が大人の対応をしたように感じられるが、
謝安は、桓沖が荊州に去ってもらったから最高権力者になれたのである。
桓沖側にもメリットがあった。
10歳に満たない桓温の後継者桓玄を擁して、
まんまと荊州に撤退した。
桓温亡き今、後世簒奪寸前だったと散々悪く言われる桓温。
そこまで言うのなら、
謝安は桓沖や桓玄を滅ぼすべきであろう。
しかし、
できなかったのだ。
謝安にそれほどの力はない。
一方、桓沖は桓温の末弟として、そして最も信頼される副将であった。
桓沖は、
軍事的な才能は見受けられるものの、
政治的な才能は見受けられない。
しかし、この荊州撤退はあまりにも見事であった。
謝安らが旧桓温勢力と一触即発の事態までいっていたら無傷ではいられない。
そこまでの状況ではなく、
むしろ、旧桓温勢力に近い人物が朝廷を牛耳っていたのが実態である。
桓沖に野心と政治的才能があれば桓温を継げたのである。
しかし、それをやらなかった。
にもかかわらずの、この政治的妥協を桓沖は行う。
これは桓温の遺命としか説明がつかないのである。
謝安としては、
桓沖らを無傷で荊州に返すことを許した。
謝安にとっては相容れない勢力の桓沖らを無傷で返したのだから、
これは高度な政治的妥協が行われている。
謝安はこれで最高権力者にはなったが、
荊州には謝安は自身の権限が事実上及ばないのだ。
これでは最高権力者とは本来は言えない。
本来、謝安の立場であれば、
ここで桓沖ら勢力を潰して、
荊州も掌握すべきであった。
これは謝安が老練なのではない。
桓沖が老練なのである。
謝安は政治的にはここで敗北しているのだ。
淝水の戦いの翌年、
謝安は司馬道子により追放される。
司馬道子は、桓温勢力に近い宗族のトップであった。
そしてのちに一度東晋を滅ぼすのは桓温の末子、桓玄である。
いずれもこの時に謝安が潰せなかった勢力であった。
●謝安のドラマチックなエピソードに騙されてはならない。
淝水の戦いの、戦勝報告を、
碁を打ちながら聴いていたというエピソードはあまりにも
有名だ。
なんと冷静沈着な最高司令官であることかと
誰もが思う。
しかし、こんなわかりやすいエピソードに
振り回れてはいけない。
歴史的な事実から見れば、
謝安のしていることは大したことではない。
むしろ、
東晋視点で国を動かす桓温の足を引っ張ったのが
謝安だ。
だから司馬道子レベルの人物にいとも簡単に
権力の座から追われてしまうのである。
●謝安賞賛は桓温批判のためである。
謝安賞賛は桓温批判のため、
これが私の結論である。
冒頭の引用文は、明らかに桓温を初めから悪臣という前提のもとに
書いているものである。
大体において、
皇帝である簡文帝が、
たかが簡文帝の自身の遺詔ごときで、
皇帝の天命を、人臣で皇帝の血筋でもない桓温に
移譲するなどということは中華の歴史上あり得ない。
天命というのは、
王朝の祖、例えば劉邦とか司馬昭とかに降りるものである。
(西晋は司馬炎ではないことに注意。)
王朝の祖である人物のみに、
天から降りるものである。
その子孫は、天命が降りた人物の血統としてただ代行するだけである。
血筋であるから代行ができる。
代行をするために、天命が降りた人物を
自身の廟のど真ん中にその祖を祀り、
常日頃からその霊魂に語りかける。
これが中華の皇帝、天命というものである。
前の皇帝が次の皇帝に天命が降りるものではない。
司馬昱ごときが、
桓温に与える権限はないのである。
桓温がもし万が一に禅譲を狙っていたとしても、
それは司馬昱に判断させるものではない。
ではなぜこのような引用文が作り上がるか。
それは桓温は東晋を乗っ取ろうとした、
東晋を牛耳ったという先入観があるからこうした論調になるのである。
謝安賞賛はフィクションだ。
桓温批判のためのフィクションなのである。
●参考記事;
●参考図書: