歴史マニアのための魏晋南北朝史~歴史の真髄〜中国史・日本史全般拡大中

三国時代から西晋、八王の乱、永嘉の乱、そして東晋と五胡の時代へ。

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正史三国志と三国志演義の違い②三国志演義の世界でありたい漢民族

 

陳寿が編纂した正史三国志。

それなりに事実に近かったであろう。

正史三国志は西晋にも認められた。

だが、

唐や元といった異民族王朝が中華を支配することで、

事情が変わる。

 

時の王朝ごとにそれぞれ事情があり、

王朝ごとに史観を変える必要が出てきたのだ。

 

●「晋書」の政治的位置づけ

 

事実上の唐の開祖、唐太宗。

突厥の天可汗でもあり、中華の枠組を越えた存在であった。

 

しかし最晩年に悩む。

 

自身の王朝をどう定義して後継者に引き継ぐのか。

 

唐太宗自身も含めて、

この王朝は鮮卑系の貴族がイニシアティブを握っている。

 

だが、

支配しているのは中華文明の地である。

 

・異民族が中華を支配する上での大問題

 

伝統的な中華文明を担う、

漢人貴族たちは、鮮卑を異民族として差別する。

 

これは南朝の構造と同じであった。

南朝の皇帝たちは、貴族名族たちの支持のもと皇帝の玉座につく。

貴族名族たちの権益を守ること、外敵の排除を行うこと

これが条件であった。

 

本来中華皇帝というのは、

この世にあるものすべてを支配するものだが、

南朝の皇帝はその実態は異なっていたのである。

 

唐もそうなりかけていた。

 

・唐太宗の大決断

 

唐太宗はこれを最晩年の土壇場で決断する。

 

唐の皇室李氏を

漢人出身にすることを決意する。

 

唐は漢人の王朝だと。

 

 

 

漢人貴族が依然として差別する鮮卑から脱却して、

中華王朝として唐が立つことを唐太宗は決意する。

 

その史観を主張する書物の編纂を唐太宗は命じる。

これが初めての勅撰正史「晋書」である。

 

命じられたのは、

宰相格の房玄齢である。

 

人臣筆頭の宰相がこれに当たることからも、

晋書の作成が重要な政治課題であったことが伺える。

 

こうして、

唐は鮮卑ではなく、漢人の王朝となった。

 

唐は晋を受け継ぐから、晋書を作ったわけである。

 

漢⇒晋⇒唐ということである。

 

 

 

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北宋の司馬光による大著資治通鑑も

基本的にはこの流れを継ぐ。

 

唐を北宋は受け継ぐというロジックである。

 

北宋もかなりの確率で鮮卑出身の可能性があり、

唐のスタイルをそのまま受け継いだわけである。

 

●モンゴルの元は、五胡と同じ異民族王朝

 

このロジックは元という明確な異民族モンゴルにより、

北宋の南方政権、南宋が滅ぼされたことにより、一旦潰える。

 

モンゴルは元として中華を支配するが、

これは完全に異民族としてであった。

 

五胡十六国時代の五胡、

南北朝の北朝と同じ立ち位置である。

 

モンゴルは後に明により中華を追い出される。

 

明は江南から興っている。

民族がシャッフルされた後のこの時代においても、

比較的漢民族だと主張できるエリアを発祥の地としている。

 

●明の快挙がそれまでの史観を変えさせた。

 

明は江南から興った。

モンゴルの支配を打倒し、中華王朝となった。

 

当然のことながら、モンゴルに対して漢民族を主張する。

江南というだけあって、東晋を想起させる。

 

実に漢民族の王朝は、

西晋が滅びてから約850年の快挙であった。

 

南朝の陳が滅びたのち、

漢民族の王朝と言える勢力もほぼなかった。

 

589年に鮮卑出身の隋の楊堅が中華を統一し、

漢民族が被支配民族になってから見ても、

800年弱の経った後の快挙である。

 

漢民族としてのアイデンティティを復活させる必要がある。

 

自分たちがこの中華を支配する根拠である。

 

その役割を担ったのが三国志演義である。

 

●明の朱元璋を称えるために作られた「三国志演義」

 

三国志演義は、

明の初めに成立。

著者は羅漢中だが、実在が疑われている。

この辺りは漢晋春秋と同じである。

 

「演義」という言葉自体に小説という意味合いが含まれる。

白話(つまり口語調)での小説はインパクトが強く、

こちらの内容が広く一般的に認識される。

これは現代でも変わらない。

 

 

これは民衆にウケたのである。

 

三国志演義の事実上の主役は劉備である。

劉備は衰退する漢の復興を目指す。

しかしその願いはかなわず、後漢は滅びるので、自分で漢を継ぐ。

蜀漢である。

建国に尽力した、

関羽や諸葛亮といった名臣かつ忠臣が活躍する三国志演義。

 

そして劉備が中華統一を果たせぬまま死ぬと、

今後は無二の忠臣諸葛亮が過労死したのかと思わせるほど、

ハードな北伐を敢行。しかしこれも夢果たせぬまま五丈原に倒れる。

 

関羽の武勇や諸葛亮の智謀は

超人的で、漫画の世界に少々入っている部分もある。

(諸葛亮がまじないのようなもので天候を変えるとか)

しかし、

初めに読んだ時のインパクトは私もいまも忘れられない。

 

三国志演義の登場人物は全て、実在の人物の名前を使っている。

だからなにか全て現実のように思ってしまう。錯覚してしまう。

 

現代社会に生きる我々でもそうなのだから、

700年前の明においては、

全てが真実と映っただろう。

 

こうありたい、三国志演義のような世界でありたい、

そう思ったはずなのだ。我々が感動したように。

 

そして、

明の時代の民衆のこの思いは一体どこに注がれることになるのか、である。

 

明の時代に翻ってみれば、

三国志演義のヒーロー劉備は、いったい誰なのか。

 

それは、

どう考えても、北からやってきたモンゴルを駆逐し、

漢民族の王朝を創始した明の開祖朱元璋のことである。

 

 

皆が憧れる小説のヒーローが、

今の時代にもいる。

 

これはとてつもなく、胸湧き上がるものである。

 

このヒーロー朱元璋をみんな関羽や諸葛亮のごとく支えよう。

 

こうして、

三国志演義は、プロパガンダとして最高の効果を挙げたのである。

 

※プロパガンダ・・・

特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持った行為である。

(ウィキペディアから引用)

 

● 漢民族至上主義を作り出す三国志演義。

 

被支配民の統合には、最高の効果をもたらした三国志演義。

 

漢民族は素晴らしい。

それまでの元の時代には、当然モンゴル人がトップで、

漢人は南北で差別されたが、最下位であることは変わらない。

 

それが三国志演義で逆転する。

 

漢民族が至上であり、

北へ逃げたモンゴル人は差別すべき異民族であると。

 

しかしながら、

明王朝の実態は、

三国志演義の物語の発端である、

後漢王朝の腐敗と同様の腐敗っぷりを見せるのは何とも皮肉なことである。

 

 

 

●参考図書:

 

歴史とは何か (第1巻) (岡田英弘著作集(全8巻))

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シナ(チャイナ)とは何か (第4巻) (岡田英弘著作集(全8巻))

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