歴史マニアのための魏晋南北朝史~歴史の真髄〜中国史・日本史全般拡大中

三国時代から西晋、八王の乱、永嘉の乱、そして東晋と五胡の時代へ。

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鮮卑拓跋氏の始祖拓跋力微は旧黄河回廊を押さえて発展する~北魏の歴史~

匈奴や鮮卑など北方異民族の歴史を考える際には、

中心をウランチャブと考えるとわかりやすい。

ウランチャブは代・平城、今では大同市と呼ばれる場所の

更に北である。

 

中華の歴史は、隋唐までは洛陽や開封を含む、黄河渡河地点が中心。

宋以降は北京が中心である。

 

北方異民族の描く地図はもっと北が中心だ。

 

 

 

  • 鮮卑拓跋氏は半農半牧

元々の発祥は、

大興安嶺北部と言われている。

大興安嶺山脈とと言うのは

現代のモンゴルの東の中華人民共和国国境線を南北に連なる。

東側はいわゆる満州である。

 

鮮卑族の出自自体が大興安嶺山脈である。

 

大興安嶺山脈以西はモンゴル高原である。

この高原、西端はアルタイ山脈である。

現モンゴルの国境線ともなっている。

だが、

完全などん詰まりではない。

それ以上西に進むことはでき、

一気にカスピ海、さらにヨーロッパまで辿り着いてしまう。

これがいわゆる草原の道である。

 

匈奴の残党と言われ始めているフン族はこの道でヨーロッパに侵入した。

 

鮮卑族は、このアルタイ山脈と大興安嶺山脈を東西の際限として、

活動する。

 

モンゴル高原を中心として、

東西に行き来して生活する。

 

基本的に高原なので、家畜を引き連れて部族単位で移動。

オアシスと、家畜が食する草を探し求めて移動する。

 

中華世界の農耕文明とは全く異なる牧畜生活様式である。

 

モンゴル高原を生活の場とするのは様々な民族がいる。

鮮卑はその一つに過ぎない。

 

匈奴などは後のモンゴル族に近い習俗である。

完全な牧畜民であった。

 

一方、

鮮卑族は半農半牧である。

大興安嶺山脈の北部が発祥で、

東に満州が位置する。

そのため、中華の農耕文明の影響を受け、

半農半牧となった。

 

なので、

モンゴル高原を中心に生活する牧畜民の中でも、

鮮卑族は、中華の領域に近い場所を好むことになる。

 

 

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  • 盛楽=フフホトの地政学的重要性。

 

258年、鮮卑拓跋部の大人、拓跋力微(たくばつりょくび)

は盛楽(フフホト市ホリンゴル県)へ南下し、そこを根拠地とした。

 

フフホト自体は周囲を緩やかな山地に囲まれ、割拠しやすい。

 

北を陰山山脈が東西に連なり、

陰山山脈以北からの攻撃を受ける心配がない。

 

南は黄河があり、濠のような形で守りやすい地形と言える。

 

さらにここフフホトを中心に、実は東西の回廊地帯がある。

 

●盛楽=フフホトから東に広がる旧黄河回廊

 

西に行くと包頭、バヤンノール。

バヤンノールは、モンゴル語で、「豊かな湖」と言う意味で、

烏梁素海(うらんすはい)という大きな湖がある。

緑豊かなエリアである。

更に黄河沿いに南に下がると銀川がある。後の西夏の首都である。

反対に東に行くと、ウランチャブ、張家口がある。

張家口より先の東は広い山地が広がる。

この中に居庸関があり、明の時代では、ここがオイラートなどの侵入ルートとなった。

が、この五胡十六国時代においては、幽州・北京方面は中華世界の隅の方の存在なので、

こちらは事実上のどん詰まりと考えていい。

 

ここまでのエリアは古の黄河流域である

地形の隆起により黄河は流路を変えた。

このエリアは、南北を山地に囲まれるも、東西に広がる

細長い平野部を創った。

 

 

●ウランチャブは牧畜・農耕両文明の交差点

 

この旧黄河回廊の中でも、ウランチャブは最も重要な拠点である。

 

二つの理由がある。

まず一つ目は

ここは北はモンゴル高原に達するルートがあるということだ。

ここだけ、ゴビ砂漠や山地に阻まれずに、

ダイレクトに馬でモンゴル高原に行くことができる。

 

もう一つは、

ウランチャブから南に下がると、現代の大同市に至る。

ここは、中華の歴史において、代と言われる場所で、

春秋時代末期に趙の趙襄子が代を獲得してから、ずっと中華世界の領域である。

 

漠北の牧畜世界からすると、豊かな文明を誇る中華世界に踏み込むには、

ここ大同が最も近いのである。

 

そのためには、ここウランチャブを通る必要があるので、

牧畜の民族、中華世界からすると、異民族にとっては、

このウランチャブは、非常に重要な拠点となる。

 

 

フフホトを中心に東西に渡るこの回廊地帯は、

地形的にも守りやすく、水も多く草も豊富で、さらに中華世界と接しているので、

交易もできる。

 

鮮卑拓跋氏の拓跋力微はこの牧畜と農耕それぞれの文明の間に立つ要地に

拠点を置くことになったのである。

 

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●参考図書:

 

スキタイと匈奴 遊牧の文明 (興亡の世界史)

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五胡十六国―中国史上の民族大移動 (東方選書)

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魏晋南北朝 (講談社学術文庫)

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中華の崩壊と拡大(魏晋南北朝)

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中国歴史地図集 (1955年) (現代国民基本知識叢書〈第3輯〉)

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地図上的中国史 : 図説中国歴史(全22セット)

地図上的中国史 : 図説中国歴史(全22セット)