歴史マニアのための魏晋南北朝史~歴史の真髄〜

三国時代から西晋、八王の乱、永嘉の乱、そして東晋と五胡の時代へ。

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匈奴の習俗

匈奴の習俗について、考えたい。

※引用元は専ら江上波夫氏著「騎馬民族国家」である。

騎馬民族国家―日本古代史へのアプローチ (中公新書)

江上氏の騎馬民族征服王朝説は今では否定されているが、

それ以外の記述を参考にしている。

匈奴をはじめとした異民族研究については、とても面白い。

 

 

匈奴に関して調べてみると、

後年の異民族に影響のある部分がある。

また、イメージと異なり、非常に民主的な部分もある。

 

 

・氏族長会議

正月に小会、春と秋に大会がある。

祭典、国事に関する議決、民・畜産の数のチェックおよび徴税の計画を

行った。

これら集会は参加が必須。

出席がない者は単于に対しての敵対行為とみなされた。

軍事行為の決定、次期単于の決定なども行った。

モンゴルのクリルタイに似ている。

貴族主体の国会のようなものだが、単于に力がないともめる。

専制政の方がもめにくい。

 

 

 

・相続は男系男子のみ。

相続の順位は決まっていない。

先代単于の意向、母后の出身、各諸侯からの輿望など、

複数の要素から、最終的に氏族長会議にて最終議決する。

このため、異民族は後継相続が様々な要素が影響しあい安定しないので、

常に争いの種となった。

 

18世紀の前半に清の雍正帝が太子密建というルールを決めるまで、

全く安定しなかった。

清朝皇帝の玉座の上にある「正大光明」と書かれた額。

その額の裏に皇位継承者の名前を書いた勅書を封印して置く。

皇帝が崩御後に一定人数が立ち会った上で勅書を開く、という方法。

 

雍正帝自身に皇位継承に関する後ろめたいエピソードがあった。

それを防止するために、勤勉な雍正帝は

「太子密建」を考えたのだ。

 

匈奴も、単于位継承がうまくいったのは、

冒頓単于から老上単于ぐらいで、あとは、

常に相争っていた。

北匈奴と南匈奴に分裂、呼韓邪単于は後漢に降伏するなど。

 

・匈奴の経済活動

遊牧という生活様式を中心に、

略奪、貢納、徴税、交易によって生活を維持していた。

 

遊牧という生活様式は、この時代の軍事力を鍛えることにつながる。

馬を養い、狩りにより兵を鍛え、遊牧生活自体が軍紀を守ることとほぼ同じだ。

これはこの時代の遊牧民、中国の異民族の圧倒的な強みだ。

 

そのうえで、まず略奪が前提としてある。

弱肉強食の世界で、弱い者から掠め取る。

 

降伏や従属をすれば、

貢納を強要する。

漢からは絹布や穀物を贈って貰った。

 

交易も行う。

中国産の物資を得る。

自分たちで消費することもあれば、

転売することもある。

 

また、服属民族からは毛皮や奴隷、馬、ラクダなどを徴発した。

 

しかし、美しい風景だが厳しい自然に暮らす異民族。

大雪や旱魃の時は略奪に走るほかない。

 

・戦争におけるルール 獲得したものはすべて本人のもの

財産権が認められていた。

「戦争における鹵獲品は本人の所得とする、

捕虜も同様、奴隷として本人の所得とする、

戦友の屍骸を持ち帰ったものは、ことごとく死者の家財を収得する」

という匈奴の慣習法があった

 

貢納奴隷は、単于に属した。

 

戦争は土地を奪うためではない。

財産を手に入れるための生存競争だ。味方のうちでも、

多く獲得できるかできないかという競争がある。

わかりやすいルールだ。

戦勝が続くときは良い。しかし勝てなくなると統制が取れなくなる。

異民族が一時だけ強くなるのはこれが理由だ。

 

 ・婚姻に関するルール

 

婚姻に関するルールが4つある。

・一夫多妻制

 

・外婚制

氏族外のものと結婚する。

 

・姉妹婚

姉と結婚して、その姉が死没したら妹と結婚する。

 

・レビラト婚

父兄が死んだとき、その後継者である子弟が父兄の妻妾をそのまま娶る制度。

これが異民族の文化の中で最も漢民族が理解できないルールであろう。

むごいと言われるが、生活の面倒を見させるルールでもある。

 

これら4つを鑑みると、

結婚は氏族間の結びつきを強めるためのもので、

結婚の当事者である男女それぞれの死去によって、

その結びつきは断絶しないという意味合いが強い。

共同繁栄のための結婚。氏族間の婚姻関係を継続するための

姉妹婚、レビラート婚である。

 

 

冒頓単于の氏族は攣鞮(レンテイ)氏というが、

特定の氏族と代々結婚した。

これも後年のモンゴルにも見られる特徴だ。

 

※攣鞮氏の末裔は、魏の曹操に負けて投降。

その子孫が劉氏を名乗り、五胡十六国時代の幕を開ける。(劉淵)

 

・シャーマニズムを信奉する

神託をとても重要視する。

チンギス・ハーン世界征服の神託をした、テプテングリを思い出す。

 

・辮髪を結う。

満州族と同様。

北方異民族の象徴。

 

・穹廬と言われる、ゲル(パオ)に暮らす。

家畜の肉を食べ、馬乳酒を飲み、

ヨーグルト・チーズをたしなむ。

 

・毛皮・フェルトでできた衣服。

ズボン、上着、帽子、靴を身に着ける。

 戦時は指揮者は青銅製の甲冑、

兵士は革のよろい(甲)、木の盾で戦いに臨む。

 

・匈奴の戦い方

匈奴の作戦は、密偵を放ち、

敵の防備が薄いところを確認する。

そこを長駆、速攻して侵入・掠奪を行い、

敵がこれに食いついてきたら、即撤兵。

 

敵の追撃を誘い、自領域の草原地帯におびき寄せ、

伏兵で大打撃を与える。

 

また、

遠距離の移動に疲れた敵を糧食が尽きかけるのを見定めて、騎馬軍団で包囲、

窮して強引に撤退するところを追撃して殲滅するというやり方だ。

 

白登山に高祖劉邦を追い込んでいたのは、必勝の策だったわけだ。

この戦い方は非常に巻狩に似ている。

匈奴の狩猟と同様の戦い方であった。

※巻狩・・・大人数である一定のエリアを囲む。狩りの対象になる獣を追い出して、

徐々にその円を狭めていく。小さな円になったその包囲陣の中に、

たくさんの獲物が集まり、一斉に仕留めるという手法。

日本では源頼朝が富士山麓で行ったの有名だ。