歴史マニアのための魏晋南北朝史~歴史の真髄〜

三国時代から西晋、八王の乱、永嘉の乱、そして東晋と五胡の時代へ。

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263年魏の蜀漢討伐 第四段階〜白水にいた諸葛緒を鍾会は更迭。軍勢を奪う。総勢13万人の鍾会・胡烈軍は、姜維の籠る剣閣に迫る〜




鍾会・胡烈の軍勢13万人は剣閣の守りの前に
足止めを喰う。
先方が剣閣に到着しても、最後尾はまだ白水にいるほど、
大軍の進軍も滞っていた。
それを知った、3万の鄧艾軍は、
陰平から江油へ向けて、間道を進み、途中道なき道を進みながら進軍する。

鄧艾は、都督隴右諸軍事として、
姜維が武都郡の西部山地から様々なルートを使って攻撃してくるのを、
何とか撃退していた。

だからこそ、逆の立場に鄧艾がなったとき、
守る蜀漢の立場からすると、
何が一番嫌なのかがわかっていた。

意外なルートを使われて虚を突かれるのが最も嫌なことなのだ。

橋頭から山地を歩み、途中から道無き道を
掻き分け、鄧艾は江油にたどり着く。