歴史マニアのための魏晋南北朝史~歴史の真髄〜

三国時代から西晋、八王の乱、永嘉の乱、そして東晋と五胡の時代へ。

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296年拓跋弗改葬で対西晋追従策を復活させる。

鮮卑拓跋氏、初代拓跋力微死後を下記に記す。

 

 

西晋衛瓘の策で混乱に陥った鮮卑拓跋氏。

 

19年の内乱の結果、ここは大人の選択として、

対西晋追従を復活させる。

 

それが拓跋弗の改葬というデモンストレーションである。

 

●異民族の悪癖、後継者争い。

 

衛瓘の策にはまり、

拓跋力微の有力な後継者であった拓跋沙漠汗が死去。

鮮卑拓跋氏の創業者である拓跋力微が後継者を指名せずに死去したことで、

鮮卑拓跋氏は動揺する。

 

異民族は部族国家である。

緩やかな連合国家で、

首長の従兄弟などは独立した勢力を持つ。

 

たった一人のリーダーを選ぶことができないと、

互いに揉めてしまう。

 

これが異民族部族国家社会の宿命である。

これは、清の康熙帝まで続く。

雍正帝が太子密建という制度を作り上げるまで、

異民族のセオリーと言ってもいい。

 

これ以後、鮮卑拓跋氏は内乱状態となる。

 

●拓跋禄官の鮮卑拓跋氏三分割統治。

 

 

これをまとめたのは、

拓跋力微の子、拓跋禄官である。

 

まとめられた成功要因は、

拓跋禄官が兄拓跋沙漠汗の子、

拓跋猗㐌、拓跋猗盧の両名を押さえたことにある。

 

内乱を制した拓跋禄官は、

鮮卑拓跋氏を三分割する。

自身拓跋禄官と、拓跋猗㐌、拓跋猗盧で三分割した。

 

三分割と言えども、三名は同盟関係であるので、

鮮卑拓跋氏勢力としては、

拓跋力微が死んだ277年以来ようやく19年の時を経て、

再統一する。

 

 

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●拓跋禄官のデモンストレーション、先代拓跋弗の改葬

 

ここで、

統一勢力として、

拓跋禄官の先代の首長、拓跋弗の改葬を行う。

 

拓跋弗は拓跋猗㐌、拓跋猗盧の弟で、

拓跋沙漠汗の末子である。

 

拓跋弗は在位一年で死去。

改葬を求めていたとされるが、

この辺の事情は少々怪しい。

死んだ当人が改葬希望は出せないし、

そもそも首長が死ぬときには、

今までの慣例に従って葬儀をすべきだ。

 

それを再度すると言うことは、

何か事情が変わったのであろう。

 

事情として考えられるのは二つだ。

上記三人にはめられて、

拓跋弗が殺されて死んだのか。

 

それともほかの誰かに殺されたか、である。

 

 

上記三名が拓跋弗を殺したのであれば、

わざわざ拓跋弗を崇め奉る必要はないのである。

殺したのであれば、

拓跋弗の在位は偽物であったとすればいいので、

その場合には改めて葬儀をする必要はない。

 

と言うことは、

拓跋弗を中心とした、拓跋禄官、拓跋猗㐌、拓跋猗盧勢力に

敵対する勢力が、

拓跋弗を打倒したということである。

 

その抗争中であれば、

まともな葬儀はできない。

 

このような背景があって、

拓跋弗の改葬を行う。

 

先代を支えた拓跋禄官、拓跋猗㐌、拓跋猗盧の

三名の正統性主張、デモンストレーションでもある。

 

●拓跋弗改葬を機に西晋との修好をもくろむ。

 

西晋との友好関係で勢力を伸ばしてきた鮮卑拓跋氏としては、

西晋がこの拓跋弗改葬という

デモンストレーションに参加してくれることを欲した。

 

確かに、西晋は、拓跋力微、拓跋沙漠汗を

事実上殺した。

拓跋禄官からすれば父であり兄である。

拓跋猗㐌、拓跋猗盧からすれば、祖父であり父である。

西晋に恨みがあって当然である。

 

しかし19年に渡る内乱は、

彼らにすればひどく辛いものであった。

身内同士で殺し合うのだから。

 

鮮卑拓跋氏が一つにまとまり、

安定した勢力となるには、やはり西晋との関係を

従属でいいので維持することが不可欠である。

 

なお、

拓跋禄官はこのとき西晋との境目を礎石で確定している。

 

西晋との関係性を明確にすることに腐心していたことがここからもわかる。

 

拓跋禄官たちは、

拓跋弗の改葬に西晋の使者を求める。

これこそが鮮卑拓跋氏勢力として正統性の証明だからだ。

 

しかし、鮮卑拓跋氏だけではなく、

西晋も状況が大きく変わっていた。

 

拓跋力微をはめた、西晋皇帝司馬炎は既に亡く、

衛瓘はその後の政変で、敗死。

衛瓘は広義の八王の乱において、司馬亮と組んで政権を担ったが、

やりづらいと思われた賈后により、殺害されていた。

 

296年においては、

賈后政権最盛期。

一方、極大値の時代なので、ここから下り坂である。

理由は賈后自身に実子の後継者がなく、

各宗族が権力争いをし始めるときであった。

 

賈后にかかれば、利用価値がなくなると、

司馬亮・衛瓘のように殺される、

宗族としては自己防衛の手段を持たないといつやられるかわからないわけである。

 

この疑心暗鬼の時代、

古の匈奴を思わせる、漠北の鮮卑拓跋氏の再統一は、

西晋の宗族にとって行慶である。

 

喉から手が出るほど欲しい軍事力を豊富に持つ鮮卑拓跋氏。

これと仲良くしない手はない。

 

●のちの八王の乱のメインプレイヤーとつながりができる幸運。

 

これでやってきた西晋宗族の使者は、

司馬穎、司馬騰、司馬顒の使者であった。

 

司馬穎は、時の皇太子司馬遹の側近。

司馬遹は賈后と血のつながりがないため、常に命を狙われかねない立場にあった。

司馬騰は兄司馬越を中心とした宗族の大勢力を代表しての使者である。

司馬騰自身が幷州刺史であり、鮮卑拓跋氏と境を接するという背景もあった。

一方、

司馬顒は司馬越勢力に対抗し得る宗族の大勢力を率いている。

こちらは司馬懿の弟で、兄の血統を常に支え続けた司馬孚の系統なので、

その力の強さは何となく想像できるだろう。

 

賈后系は来なかったが、

それ以外の西晋のメインプレイヤーが

鮮卑拓跋氏の首長の葬儀に使者を送ってきたのである。

 

 

西晋と鮮卑拓跋氏がお互いを利用する時代が再度やってきた。

拓跋禄官たちの、遺恨を超えた実益を求める外交政策が功を奏した。

西晋との事実上の修好がここになったのである。

 

個々人の思いは色々あったのだろうが、

鮮卑拓跋氏の親西晋政策は堅持されることになる。

 

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●参考図書:

 

 

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