歴史マニアのための魏晋南北朝史~歴史の真髄〜中国史・日本史全般拡大中

これまでは三国時代から西晋。今は八王の乱、永嘉の乱。八王の乱、永嘉の乱は最高に面白い。

劉禅のスタンスは実は司馬昭のスタンスと被っている〜漢晋春秋 真逆の解釈〜

・思想的背景
儒家皇帝、劉氏のみ皇帝論、
・蜀漢は魏のアンチテーゼ
・陳寿の著作
・漢皇帝としての行為。
(ないとよく言われるがある。)
・劉禅は何故早々に降伏したのか。
やりきったこととこれ以上被害を拡大しないため。

上記5点から劉禅を肯定することができる。

これを元に漢晋春秋のエピソードを真逆の解釈もすることができる。
(司馬昭が劉禅に対して、蜀が寂しくないですかと問うたところ、
寂しくはない、ここが楽しいと返答したエピソード。)

・漢晋春秋の劉禅 逆の解釈
アンチテーゼがそのままアンチテーゼのままであると、
司馬昭の脅威になる。
漢正統無窮論というのは、見えないが、粛々と存在しているのだ。

そもそも、あの劉禅の振る舞いをそのまま
司馬昭と賈充は本当に信じたのだろうか。

司馬昭は人が好いのでありうるが、
賈充がそのまま信じたとは信じ難い。
裏を読めるからこそ、
賈充は皇帝弑逆など信じ難いことをやってのける人物だ。

中国人は現実的である。
私は中国史上に出てくる人物も非常に現実的な人が多いと感じる。

賈充もその一人である。
諸葛誕をはめる、曹髦を弑逆するなど、
しなくては賈充は這い上がれなかった。

現実的に、冷厳に考えるとまさにそうだった。

劉禅は降伏した。

司馬昭は禅譲を明らかに狙っていた。
禅譲を進めるために蜀漢を攻めた。

司馬昭の魏国内における支持を得る手法は、
魏の厳しい政治スタイルと反対のやり方を取るものだった。

すなわち寛恕の政治。

これは蜀漢のあり方とは同じなのである。

司馬昭と劉禅はかぶるのである。

ここで劉禅が旧漢皇帝として立派な振る舞いをすれば、
魏の輿論が劉禅に向かう可能性すら実はある。

肉刑復活議論の際に、
反対をした王朗は他国への聞こえがよくないとして反対した。

これは明らかに蜀漢を意識したものである。

劉禅は司馬昭と被っている。
それで被るような振る舞いをし、魏の輿論が劉禅に向かったら、
その瞬間劉禅の命は確実にない。
旧蜀漢の臣下のただでは済まない。

私は劉禅はそこまで読んだと考える。
阿呆な振りをし、司馬昭を安心させた。
それが芝居だったとしても、
それをすることが大事なのである。

劉禅は司馬昭に対してあなたの立場を理解しております、
あなたの立場を脅かしませんという意思表明なのだ。

劉禅ならわかる。
なぜなら劉禅自身が漢皇帝としてやってきたことを
司馬昭はやり始めていたのだから。
何が嫌なのかがわかるのである。